レオン・ラッセルが亡くなった

マスカレード

最初に聴いたのは
ジョージ・ベンソンのアルバム
ブリージンの中のそれだった

その作曲者が
レオン・ラッセルだった

新聞などでは代表曲として
ア・ソングフォーユーをあげているが
私の中では絶対にマスカレードだ

切なさが圧倒的だ

オリジナルを聞いてみたいと思い
アルバム、カーニーを買った

ジャケットに写っていたのは
ぜんぜんイケてない
ひげ面で、顔を真っ白に
塗りたくった不気味なおっさんだった

その
this masquerade は
ジョージ・ベンソンとは表現がまったく
違っていた

ジョージ・ベンソンは
美しく、悲しみを
本を朗読するように詩的に
歌い上げていた

本人はというと
とんでもないだみ声で
自分の身に起こった出来事として
私的に泣いているかのように
歌っていた

アルバムの1曲目でもあり
シングルのカップリングでもある
タイトロープも名曲だ!

プリンス、
イーグルスのグレン・フライほど
マスコミに取り上げられなかったが

私の中では
その報に触れ
思わず、「おー」と
唸ってしまった
年初のデヴィット・ボウイに匹敵する
今年もっともショックな
ザ・ロックスターの死であった



2016/11/16(水) | みちくさ | トラックバック:(0) | コメント:(0)

タオル

先日、京都に行った

以前このブログでも書いたが

学生時代を過ごした京都で
当時の仲間と4年に一度会うことに
している

その時の「タオル」 二話

(其の一)

4年間通った銭湯がまだ健在で
のれんがかかっていたのを見て
思わず風呂に入ることにした

当時の「おやじさん」のことを
「おじいちゃんは数年前に亡くなった」
と教えてくれた番台の女性と
都合30分ほどもしゃべっただろうか

なつかしい当時のことや
最近の銭湯事情などをきいて
心地よい時間を過ごした

突然風呂に入ることになった私は
タオルを持ち合わせてなかった

私は購入するつもりで
「タオルありますか?」と聞くと
「そこのタオル使ってええですよ」
と言ってくれた

そこにはあきらかに使用済みの
保険屋さんなんかがくれる粗品系
のタオルが数枚ぶら下がっていた

(其の二)

その日の京都は夕方から
突然の豪雨で
一時間68mmだったとのこと

銭湯の女性が
「雨が落ち着くまでもう少しゆっくり
していけば」と言ってくれて
しばらく当時と同じように
少年ジャンプを読みながら時を
やり過ごした

ただその内に
仲間たちとの集合時間に余裕が
なくなってきたので、やむを得ず
雨の中を靴からバッグの中まで
ずぶ濡れになりながらホテルに
向かった

到着し仲間との再会もそこそこに
とりあえず急いで風呂(また!)に
入った

急いでいたのでタオルを持参する
のを忘れて大浴場へいってしまった

部屋に取りに戻るには少々面倒な
距離で、まあいいか風呂にはさっきも
入ったし、雨で冷えた体を温めるだけ
だと思いそのまま入ることにした

すると仲間の一人が先に入っていて
そのことを話すと
「俺が使ったバスタオルをそのまま
置いておくから使っていいよ」」と言う



お二人ともとても親切で
ありがたい厚意である

しかし、しっかり大人になったいま
人が使って生々しいタオルは
さすがに若干の抵抗がある

と、思いながらもそのタオルを
手に取ると、、、

あら不思議!
意外にもそのタオルを持った手が
勝手に身体の上を行き来するでは
ないか!

その日暮らしで、
金の使い方もしらなかった当時
いざという時はいろんなものを
貸し借りして日々をおくっていた

そんな
京都という場所と
いつも一緒にいた仲間とが
タオルの使い回しに抵抗感を
失わせたのだと思う

誰が使ったか分からないタオルで
身体を洗い

バスタオルを貸してくれた奴が
股間の水滴をぬぐったであろう
バスタオルで
自分の髪をごしごし拭きながら

驚きと快感を味わっていた








2016/10/10(月) | みちくさ | トラックバック:(0) | コメント:(1)

無題

TK 都の、 M添 知事

質問する記者の方に
その方向性を変えてみてほしい

「では、お聞きします

自分のお金、家計で買ったものを教えてください」

その額はきっと質問する記者の方の
支出より少ないような気がする

2016/06/11(土) | みちくさ | トラックバック:(0) | コメント:(0)

ついてない

ついてない・・・

会社員時代、とても残念なことがあった

量販店で仕入れを担当していたころのこと


広告に掲載する商品に付けた商品コードは上司に報告し

期間終了後、売れ数の結果が検証される

広告が終わった翌日の月曜日、出勤して

もちろん自分でもその結果をPOSデータで確認する

ダンボールニットのドローストリングスパーカー

見て、驚いた

当時担当していたおよそ40店舗に合計1,240枚納品したものが

4日間で消化率は90%を超え、残りは100枚あまり

広告の商品でも(物や価格にもよるが)30~40%以上消化すれば

まあ最低限「売れた」と評価できる範疇で、この数字である

さぞかしお褒めの言葉が聞けるだろうと、頭の中では

どう返事を返そうかと、そのセリフを考えていた

「計画どおりです」 くらいで余裕を見せとくか


ところが、プリントアウトしたデータを手にした上司は

ことのほか厳しいお顔をされていた

そして、その手から机の上に放り投げられた紙に目を落とした瞬間

その日、二度目の「驚いた」

他の担当者の広告商品も含めたランキング形式で検索された

そのデータにあった自分の商品はなんと、最下位だった

そんなハズはない 落ち着いてよく見よう!

でも何度みても

その消化率は10%にも満たない なぜだ


原因はこうだった

広告に掲載した商品には同素材のデザイン違いの商品があって

それは襟がパーカーではなく、シャツカラーのものだった

データはこの商品(定価で販売中)のものだった


新たに納品する商品をPOSシステムのマスターに登録するときには

未使用の商品コードから順番に採番するのだが、上司に報告した時点では

まだ登録をやっていなかったので、

自分で控え用にしていた手作りのコード表を見て番号をつけた


ところが実際にシステムのPC端末で(広告以外の商品も一緒に)

マスター登録をしていると、未使用だと思っていた一番若いコード番号は

既に別の商品に使っていて空いていなかった

消しこみ忘れをしていたのだ

このことによって悲劇がおこった


予定していた順番に当てるはずのコードはこの時点で1つずつズレたのだ

結果、上司に報告していたコードはもう一つのデザイン違いの商品に与えられ

本当の広告の商品にはその次の番号が割り振られた

この時、上司への報告がアンマッチになったことまで考えが及ばなかった


企業では結果のみで評価され、

その検証はデータによって行われる

いくら「番号が違ってました」 と言っても、

月曜の朝イチに開かれる上司たちの会議で示されたデータがすべてである

いわゆる「あとの祭り」状態だ

自分が原因を作ったにもかかわらず 「ついてない」と、つぶやく


いま経営する立場になって思う

なにごとがあっても「ついてない」とは言えない

2015/11/19(木) | みちくさ | トラックバック:(0) | コメント:(0)

先日教えてもらったゲーム

先週、ノマドクロスを利用していだいている方からトランプを基本にした
オリジナルのカードを使ったゲームを教えていただいた


4人でやるゲームに、私を除いて経験者の方が4人、計5人で開催となった


一般的にゲームと言えば

複数人でやるのであれば誰かが「勝ち」であとは「負け組」となるか

もしくは「トップ」から「ビリ」まで順位がつくことがゲームの決着だろう

しかしこのゲームは4人全員で一つの目的を達成したときがコンプリートとなる

誰一人おきざりにしても残り3人の目的には到達しないのである こんなルールは

およそゲームと呼ばれるもの(一人遊びを除けば)では希有ではないかと思う



それはおそらく社会、経済、教育など私たちが生きていく中で対面する出来事が

ほとんどの場合、勝ち負けや、順番がつくことで決着がつけられているのであって

ゲームの世界でも必然としてそのことが求められるのがいたって自然なんだと思う



一方でこんなこともある

1972年、極寒のアンデス山脈に航空機が墜落し、死亡した同じラグビーチームの

仲間の肉を食べて16名が生き延びた、72日間

最近ではチリ鉱山での落盤事故で33名が生還した、69日間


彼らの目的は誰一人欠けることなく元の場所に戻ること 

そのことが唯一無二、成功と言える結末なのである



運動会のかけっこで順番を決めないことの是非を問われることがあった

どのルールでやるか、そのこと自体はその園なり学校の長が決めればいいこと


ではそう決めた理由なり目的を、将来きちんと子供たちが理解できるように

教えることこそが大事なのだ



生きていくためには時に競争やなんらかの犠牲を強いることもある

しかし協力や支え合うということが必要とされる場面もある

これもまた人生で必ず出会う局面である


たががゲーム、されどゲーム こんなことを思った時間であった

2013/10/21(月) | みちくさ | トラックバック:(0) | コメント:(0)

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